FOOD

MEMU FOOD ADVENTURE(後編)

鹿を通して考える、いのちの尊さ

ふたりのハンターと考える
いのちと食のありかた。

イベント当日朝に行った流し猟で同行者が仕留めたオスのエゾジカ。

神聖な儀式としての解体作業

銃声のした方向へと凍結した沢を渡っていくと、小野寺さんは雪上に横たわったシカの内臓を取り出す準備をしていた。刃渡りが10センチもない小さなナイフで腹を裂き、内臓を包む筋膜ごと一気に引っ張り出す。まだ体温が高いため湯気が立ち上る。肝と心臓だけ切り離すと、ナイフで切れ目を入れて枯れ枝に刺し、手を合わせて山の神様に捧げた。この間わずか7−8分。「アイヌの人々の獲物に対する礼節に倣っている」という小野寺さんの作業は、静かな儀式のようでもある。

 

「解体作業は単に生き物から食べ物にする作業ではなくて、シカの野辺送りでもあると思っています。時間に余裕があったら、内臓を開いて、どんなところでどんな草木を食べて生きてきたか、前脚や後脚に切痕(せっこん)がないかを見たり。一頭のシカの生き様と死に様を、仕留めた自分がきちんと理解してやることが、シカへの礼儀だと思っているの」

 

小野寺さんの言葉には「ハンティング」というスポーツとしてのニュアンスはなく、シカの生命とどうやったら対等になれるだろうかと、自然と折り合いをつけてきた人間の揺れる気持ちが覗いていた。

上/皮に傷がつかないよう、丁寧にナイフを動かす長谷さん。内腿の脂を取り除くのに、ゲストはひと苦労していたようだ。
下/女性も積極的に解体に参加。獣を食べ物へと変容させ、饗宴をみなで準備する満ち足りた時間。

イベント当日。当初エゾジカの解体は予定になかったが、小野寺さんたっての希望で、各地から集ったゲストにも、しっかりと血抜きをした牡鹿の解体作業を体験してもらった。

 

「どの瞬間から生き物が食べ物に変わるのか。それを一人ひとりに感じ取ってもらいたいんです」

 

毛皮もついていれば、頭もついているエゾジカの体は生々しい。解体の現場に初めて立ったゲストが多かったが、小野寺さんと長谷さんの説明を聞きながら、物怖じすることなく真剣にナイフを入れていった。肉をできるだけ清潔に扱うように、毛が包丁についたら電解水できれいに洗いながら作業すること。皮も加工に使えるよう、歩留まりよく大きく取るためには、脂を丁寧に取り除いて、ナイフで傷をつけないよう、筋膜と脂の間に注意しながら包丁を入れること。シカの生命を生かすように、と言葉でいうのは簡単だが、実際に解体してみるとなかなか思い通りにはいかないもの。参加した全員がその難しさを身をもって体験した。

 

「お店でお肉になっている状態は見ますが、解体は初めて。貴重な機会でした。食べるところって意外と少ないんですね」とは、あるゲストの感想だ。

牡鹿半島のニホンジカのツノを使ったネックレス。小さな角のかけらに、自然を生き抜く力強さが秘められている。

野生のいのちと向き合うことは、自然への眼差しを深めること

きれいに掃除したエゾジカの肉をシェフの沼田元貴さんに託すと、次のプログラムであるシカの角でネックレスをつくるワークショップを行った。使ったのはエゾジカの角よりも小ぶりで軽い、ニホンジカの生き角。小野寺さんが牡鹿半島から持参したものだ。オスジカは角を木の幹に擦り付けて研いだり、土で染めたりしながら自ら手入れをする。毎年早春になると角は自然に落ち、また新たに生えてくる。古来、生きたシカから取った角は、特に漁師にとって「落ちていない」にかけて、水難事故防止のお守りだったとか。

 

「昔、武士の装身具である“根付”に鹿の角が使われました。毎日手で触っていると、手脂で骨董の根付のような艶やなめらかさが出てきますよ」と、小野寺さんが仕上げの説明をした。ひとつとして同じ形や色のない角のパーツ。それらをビーズや革で思い思いに作りあげた装身具は、自然を駆け巡る野生の生き物を、身近に感じるアイテムになったかもしれない。

上/トークセッションの様子。シカ猟や十勝の自然に惹かれた、さまざまなバックグラウンドを持つゲストが集った。
下/ヒレ肉ともも肉を生火でロースト。オークウッドとチェストナットのスモークフレーバーを肉にうつした。

ワークショップの締めくくりに、小野寺さんと長谷さんを中心に、参加者も加わったトークセッションで、小野寺さんがシカの有害獣駆除に関して、淡々と思いを伝えた。

 

「誰にとっての“有害”獣なのか。食害の問題は確かに深刻だけど、生態系のバランスを軸に考えながら猟をすべきではないか。シカは山の主で神様のような動物だと感じているだけに、ただ生命を奪うだけになりがちな有害獣駆除には常に矛盾を感じてしまうんです。時には猟をしながら精神的にバランスを取るのが困難になることさえある。やはり獣と人間が1対1で対等に向き合う猟をしていきたい。いま牡鹿半島で運営している解体処理施設も、単に“処理”する場所ではなく、ゆくゆくは自然への眼差しを深める窓口にしていきたいと考えています」

上/エゾジカの棲む自然からスタッフが採取したカラマツ、ネコヤナギ、コナラ、クマザサをアレンジしたテーブルセッティングが印象に残るディナーテーブル。
下/エゾジカのレバーのマカロンのアミューズから始まり、さまざまな部位を生かしたコースを沼田シェフが担当。十勝ワインとのペアリングも好評だった。

長谷さんは牡鹿半島の風土や猟、山中での解体方法や肉質について、熱心に小野寺さんに質問していた。この秋も繁殖期のオスのエゾジカを鹿笛でおびき寄せる「コール猟」を、ここメムアースホテルでトライしようと約束をしていた。野生の生命と向き合うふたりが、この土地の自然の力をどのように感じ、どのような言葉で深めていくことができるだろう。そのリサーチは始まったばかりである。

Profile

小野寺望

Nozomu Onodera

アントラークラフツ主宰、食猟師

1967年宮城県気仙沼市生まれ。宮城県石巻市在住。石巻猟友会に所属し、牡鹿半島でニホンジカの有害獣駆除を行いつつ、単独での忍び猟を行っている。「アントラークラフツ」という屋号の元、ニホンジカだけでなく、牡鹿半島の自然の恵みをリサーチし、シェフや飲食店関係者に食材として提供するだけでなく、その背景を伝えるために、自然を案内する体験型ツアーも行うワイルドフォレジャーでもある。2017年リボーンアート・フェスティバルが設立した、牡鹿半島の自然の恵みを伝えるためのニホンジカ解体処理施設の運営を担当。

Profile

長谷耕平

Kohei Hase

EZO LEATHER WORKS主宰

1985年東京生まれ。星野道男さんのエッセイをきっかけに、北米のネイティブアメリカンや北極圏のイヌイットの生活文化や自然で生きる知恵に傾倒。マタギ願望抱き続ける。沖縄で働いた後、群馬県・前橋でログハウス専門の大工の修業を積む。2016年北海道・池田町で有害鳥獣捕獲をしたエゾジカの活用事業に応募し、移住。同町で狩猟免許を取得し、エゾジカの革のなめしや加工技術を独学で習得。なめしは化学薬品を用いず、伝統的なオークバックタンニングで行う。エゾジカだけでなく、さまざまな天然皮革を用いたレザーアイテムや家具のデザイン・製作をする工房「EZO LEATHER WORKS」を主宰。羊の繁殖場だったDハウスを改造し、トレーラーハウスを入れた住まい兼仕事場で、パートナーとお子さんふたりと北国の生活を満喫中。

Photo_Naoki Wagatsuma
Text_Aya Ogawa

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