CREATOR

FOCUS ON LOCALS

チーム ヤムヤムと十勝のつくり手たち

十勝・中札内村に暮らすチームヤムヤムが案内する
ローカルクリエイターの生活とその背景にあるストーリー。

安部郁乃(後編)

  • Location

    札幌市

  • Genre

    陶芸

一個を作る尊さ

安部郁乃さんが陶芸と出会ったのは、旭川にある北海道教育大学旭川校への進学がきっかけだった。木工や彫刻に興味を持ち、美術過程の工芸科へ。そこで初めて陶芸を始め、土に触れること、作ることの楽しさを知った。

 

「私がいいなと思うことや大事にしていることを、言葉じゃなくて、私が作ったものを見て、誰かがその想いを体感してくれる。つくるということの楽しさを体験して、卒業後もつくるということをもう少し続けたくなったんです」。

 

卒業後は、古くからの陶芸の産地・岐阜県多治見市へ。陶磁器意匠研究所で研修生として学びながら、個人作家の工房や美術館、製陶所など、アルバイトをかけもちし、陶芸の現場で経験を積んだ。

 

「桃山時代からの歴史があって、製陶所も工芸家も、古いものから工業製品まで、意匠的なものも前衛陶芸もある場所でした。1日に何千個も、器の縁にひたすら線をひく工房もあれば、一日かけて一個作るという工房もある。多治見では、陶芸にまつわるいろいろな現場を体験できました」。

多治見で2年の研修期間を修めた後、郁乃さんは北海道へと戻る。「江別セラミックアートセンター」の職員として陶芸教室の企画運営を担当し、2010年春からは夜間高校の講師として陶芸を教えた。陶芸教室や講師の仕事は、郁乃さんにとって、新たな気づきを得る転機となった。

 

「量産陶器のようにたくさん同じものをつくるとなると、今どんなものが必要とされているか、とか……相手があって作るものになるんです。それも嫌いじゃないけれど、自分の感覚とは離れていたような気がして。陶芸教室で自分の好きなように作っている教室の生徒さんたちの姿を見て、そっか、好きに作っていいんだ、という気持ちを思い出したんです。例えば、年配の女性の生徒さん、特に今までたくさん料理をしてきたような人が、家で使う用にと自分の好きな形の器を作っている。そんな風に、個人の想いで、器って作っていいんだなって。もっと自分のつくりたいものを、一個だけでも作っていいんだって」。

 

さまざまな現場を経験し技術を積んできた郁乃さんが、改めて立ち返って考えた、「自分の作りたい一個をつくる」ことの意味。それは、まるで石ころのようにひとつひとつの個性が光る、今の作品のスタイルにつながっていく。

器に向き合う、想像力と余白

2011年、東日本大震災を経験し、これからの自分の生き方を考え、作家として独立することを決意。そんなとき、窯を譲るという人と出会った。庭にある小屋は、その窯を置くために建てたもの。外壁を自分で貼ったというその小屋は、庭先に実るぶどうやナナカマドの赤い実に囲まれ、ちょっとした隠れ家のような雰囲気だ。譲り受けた窯はアナログな仕組みで、小さなレバーで温度を加減しながら焼いていく。焼きの作業は温度管理をしながら、通常24時間ほどかけて行うのだという。

 

「柔らかく焼きたいのは1235度、温度を上げたいなと思ったら1246度と、一度の違いでもちょっぴり違ったりします」。

 

郁乃さんと話していて印象的なのは、幾度となく「テストする」という言葉が出てくることだ。土の配合も、窯の温度も、出来上がった器も、何回もテストを繰り返しながら制作が進められる。「できた器も水が漏れたり、ちゃんと焼きしまっているかどうかをテストするために、家で実際に使ってみています」。土に対しても、器に対しても、何事にも誠実に向き合う。そうした姿勢が、郁乃さんと話していると伝わってくる。

この日、郁乃さんは昼食に手料理を用意してくれていた。台所に立ち、天ぷらやかぼちゃのスープ、混ぜご飯などを次々と仕上げる。盛り付ける大小さまざまの器は、もちろん郁乃さんがつくったもの。庭のぶどうは、ひときわ大きな水色の大皿に。「メムアースホテル」で使われている大皿と同じタイプのものだ。筋が浮かび上がり、陶器でありながら、植物的な生命力と柔らかさをまとっているようだった。ご飯をいただきながら、器の話に花が咲く。

 

「『メムアースホテル』のためにつくった器は、植物をモチーフにしたいと思い、自然に花開いていく花びらみたいなイメージで作りました。ふわっとした感じを出したくて、深くしたり、高さを出したり、思いのほか大きくなりすぎてしまったり……。焼く前に重力で粘土が広がることや、焼き上げた時の縮み具合も意識しながら、自分が作り込みすぎないように加減することも気をつけました」。

 

丁寧にテストを繰り返しながらつくる一方で、素材や重力といった自然の要素を取り入れる余白を持つこと。それが郁乃さんの作品の持つあたたかみとなり、1個の作品としての尊さを生んでいるように感じた。実際に食事をいただきながら器を使ってみると、本当にいろいろなことに気がつく。

縄文土器の野焼き

工房を訪ねた翌日、郁乃さんが参加する「江別土器の会」の野焼きが行われると聞いて、江別市の会場を訪れた。江別は明治期より煉瓦製造の地として栄え、煉瓦に向く良質な粘土が採れることで知られる町。煉瓦や焼き物にまつわる歴史文化を伝える活動も盛んで、こうした土器を焼くワークショップも定期的に開催されているという。今日の会場は元小学校の校庭にあるコミュニティセンターの一角。煉瓦を組んで作られた炉がすでに準備されている。郁乃さんはスタッフとして、参加者の作品を並べる手伝いをしていた。

 

「江別の活動にいろいろ参加して、特にびっくりしたのがこの土器づくりでした。縄文土器といってもみなさん自由に好きなものをつくっていて、最後は野焼きをして火を見て盛り上がる。となりでお肉も焼いちゃったりして、とても楽しいです」。

参加者は60〜70代を中心とした土器の会のメンバーと、土器づくり体験に参加した親子合わせて20人ほど。前回のワークショップでそれぞれ自分のオリジナル土器を粘土で制作し、今回の焼きの作業を待ちわびていた。縄文土器を再現したものや、動物をかたどった小さいブローチ、特大の壺型の土器もある。

 

郁乃さんが今回制作したのは、千歳市で発掘された、謎の生きものの形をした土偶と、オホーツク式土器。アザラシか亀か、はたまた水鳥か、いろいろな見方ができるユーモラスな形をしていて、美々(びび)という場所で見つかったため、「ビビちゃん」と呼ばれているそうだ。

 

「作りながら、こうかなー?と考えて、当時の縄文の人たちの美意識が見えると楽しいです」。

煉瓦の炉に薪を並べ、火を付ける。晴れた空に煙が上がった。最初は炉の周りに土器を並べ、炙るように表面が小豆色になるまで乾かしていく。薪の量が多いので、近寄るとかなりの熱さだ。郁乃さんはじめスタッフの人は、帽子にマスク、ストールなど巻いた完全防備の姿で、土器を一つ一つ、乾燥に合わせて向きを調整したり、ひっくり返したり、丁寧に作業をしている。炙りの作業が終わったら、いよいよ炉の火の中に土器を並べ、本焼きとなる。薪は土器が見えなくなるくらい山積みにされ、真っ赤な炎に包まれ、一時間ほどガンガン焼いていく。

 

「自然に火が消えるまで、あとは待っているだけなんですよ」。

土器の方の作業が一段落すると、続いて傍らでは、大きな鉄板が用意され、鮭のちゃんちゃん焼きがはじまった。隣の鍋ではじゃがいもが茹でられている。一瞬目を疑ったが、この鍋、縄文土器だ。もちろん、土器の会の人たちが焼いた復元品だったが、実際に調理に使う縄文土器を見るのは初めてだった。土器で煮た新じゃががほくほくと甘い。少し肌寒い秋晴れの空の下、野焼きの火で暖まりながら、土地の恵みをみんなで味わう。鮭もじゃがいもも、メンバーの人が知り合いからもらったという、地元ならではの食材。さらには石狩鍋も登場し、みんなでわいわいつくりながらいただいた。土器の方もそろそろいい具合に仕上がってきたようだ。

 

各所で行われている野焼きだが、こんな風に食べ物まで用意して楽しむのはここだけだと、郁乃さんは話す。

 

「一人で野焼きするより、みんなでした方が楽しいです。昔もきっと、歌ったり、踊ったりして、土器の野焼きはレジャーだったのではと思います」。

 

火と大地の恵みをみんなで分け合い、ともに喜ぶ。土器をつくっていた縄文時代の人々の姿が、とても身近なものとして浮かび上がった。

古代のつくり手との対話

郁乃さんは多くの縄文土器を忠実に再現してつくってきた。シンプルな文様の付いた器から、派手な装飾の施された火焔式土器のようなもの、そして土偶のような不思議なものまで、作り方はその都度、実物や資料を元に、どうやったらつくれるかを自身の経験と技術を活用して考えてきた。郁乃さんが器をつくる時につかっている石の道具は、縄文土器を作るのにも活躍しているという。

 

「粘土で紐をつくり、輪に積んでいく作業も、石で叩いてつくると早くできる。遺跡の中に同じような石がでてくると、その石使いやすいよね、という気持ちになります。ちょっと借りて使ってみたいな、なんて(笑)」。

縄文土器を実際に作ってみることで見えてくるもの。つくり手として同じ目線に立ち、古代のつくり手に向き合うこと。

 

「土偶も実際に作ってみると、本当にむずかしくて。肩のラインがとても上手だなぁとか、体には細かい文様がたくさんあるのに、なんで顔はこんなに適当な感じに作ってあるんだろう?とか。きっと何回も失敗しただろうし、一人でつくれたのかな?それとも仲間がいて、隣のおじさんやおばさんと一緒に作ったんじゃないかとか、いろんな想像が膨らみます」。

 

「火焔式土器の文様は、火をかたどったものだと言われていますが、私はつくりながら、これは”ちゃぷちゃぷ”という水のイメージでつくっていたんです。そうしたら、実際に水の文様だという説があったというのを後から聞いて、やっぱり!と思いました。それに、その当時のそこの地域での流行していた文様があったのかなとか、その地域独特の世界観もあって、もう一個のフィルターが、私たちの見ていない世界を見ていたのかなとか、そういうのも惹かれます。今とはたぶん違うだろうし、同じところもあるだろうし、でもやっぱり違って……。 自然の中メインで過ごしている人の世界なんだろうな」。

焼き物は「地球のかけら」

自分で土を掘ったり、近くの川の砂を使ったり、土の中から出てきた古代の人々の器をつくったりと、郁乃さんは自らの手を使って確かめながら、ひとつひとつ器を焼く。それはきっと、土というものを通して、身近な自然や自分の暮らしている土地に、丁寧に向き合い、対話をすることなのだろう。そして、その中で時折垣間見ることのできる、焼き物というものづくりの本質。その小さな発見の喜びと、対話を重ねることで生まれる土への愛着が、郁乃さんの創作の源泉にあるものなのかもしれない。

 

「自分で粘土を採集してテストするということにも面白さを感じていて、苦労があるからこそ、土という素材に愛着を持つことができるようになりましたし、少し大げさにいうと、焼き物は”地球のかけら”であるということを実感できるようになった気がしています。この当たり前の発見が、現代に生きる私に与えた影響は大きいです」。

「地球のかけら」「土のかけら」とは、郁乃さんが自らの陶芸を表現する時に使う言葉だ。何万年、何億年をかけて地表に現れる「石ころ」の存在感のように、焼き物もその土地の土の記憶が色になるという。

 

花びらがふと落ちる時の美しさ、何気なく佇む石ころの艶やかさ、土や石に刻まれた地球の記憶。「自然のもつあたたかさや不思議さ、ほっとした気持ち。北海道の身近な自然が見せてくれる風景に、自分の心が動いた時。その想いを乗せて作りたいと思っています」。

 

どんなに社会や経済、世の中の仕組みが変わろうとも、足元にある土で、自分の手で好きな器をつくることができ、その気持ちを届けられるならば、それは何にも揺るがない、なんと確かな豊かさだろうか。

Profile

安部郁乃

Abe Ikuno

稚内市生まれ。北海道教育大学旭川校芸術文化過程美術コース工芸科卒業。岐阜県多治見市陶磁器意匠研究所修了。江別市にて陶芸教室や夜間高校の講師として勤務。2011年より陶芸作家として、札幌にて制作活動を始める。道内を中心に展示会やイベントに出展するほか、土器づくりと野焼きの講師として活動。土を使い、身近な自然を形にしている。

https://tutinokakera.jimdofree.com/

Profile

チーム ヤムヤム

Team YumYum

山本 学 ・ 山本えり奈

旅をしながら十勝に暮らす、編集・デザインチーム。あいうえお表やカレンダー、イラストマップやパッケージラベルなど、日々の楽しさをデザインする作品を手掛けている。北海道新聞イラストエッセイ「ヤムヤム移住ごよみ」連載。十勝毎日新聞社カレンダー「とかちごよみ」製作。Hotel Nupka「旅のはじまりのビール」ネーミング&デザイン。NHK連続テレビ小説「なつぞら」公式コラム執筆。「夏至のピクニックパーティ-育つ庭-」主催。

http://www.tyy.co.jp

INTERVIEW & TEXT : TEAM YUM YUM
PHOTO: NAOKI WAGATSUMA

Previous
Next