ARCHITECTURE

EARTH OF LIVING

建築家、隈 研吾と未来を語る

日本を代表する建築家に聞く、
これからの住まいと豊かさ

すべての発端となった「国際大学建築コンペ」と実験住宅

「メムアースホテル」のルーツは、サラブレッドの名門ファーム。その広大な牧場はやがて、2011年に交易財団法人LIXIL生活財団が運営する、サスティナブルな住環境の研究を行う「メムメドウズ」へと姿を変え、国内外で「建築の聖地」と呼ばれる場所となりました。「メムアースホテル」が宿泊棟として利用するのは、同施設で開催されてきた「国際大学建築コンペ」で最優秀賞に輝いた作品を始めとする実験住宅群。2019年7月に「BARN HOUSE」「町まとう家」もオープンし、現在5棟の実験住宅を客室として使用しています。

 

先述した「国際大学建築コンペ」で審査委員長を務め、実験住宅プロジェクトのプロトタイプとなった「メーム」を設計したのが、日本が世界に誇る建築家の隈 研吾氏。十勝晴れの夏空の下、久しぶりに「メムアースホテル」を訪れた隈 研吾氏に、これからの住まいのあり方、当ホテルへの思いを聞きました。

建築に必要なのは、ロジックを超えたウイット

ーまず、2011年に始まった「国際大学建築コンペ」の主旨から教えてください。

 

隈_ひとことで言えば、新しいライフスタイルを提案するために始まったプロジェクトですね。建築とは、場所によって特性があるもので、それを活かしたアイデアに高い評価を与えました。場所の微差に対して、感受性みたいなものがあるかどうか。それを、学生には勉強して欲しいし、単に数値的な観点ではなく、ある種のウイットみたいなものが、建築には必要だと思うんです。

 

例えば、「BARN HOUSE」。馬の排泄物を堆肥としてだけでなく、その過程で発生する熱で暖を取ろうなんて、普通考えないじゃないですか。ある種の発想の転換というか、びっくりさせられたというか。もしかしたら、動物と暮らすことで心の温かさや安心感が得られるかもしれない。「エッ、こんなこと考えられたんだ?」っていう、発想のジャンプがあるものが、審査の中で選ばれてきましたね。

隈 研吾氏が設計を手がけた実験住宅「メーム」。空間を包み込む季節ごとの移ろいゆく美しい光に、十勝の豊かさを実感する。

既成概念に捉われない発想から生まれた「メーム」

ーご自身が設計された「メーム」は、どのような発想から生まれたのですか?

 

隈_まず材料から技術も含めて、今までの枠に囚われずに考えようと思いました。まず、建築の原点である素材に立ち返って、北海道の草原だったら、モンゴルの遊牧民が暮らすテントのような衣服に近い幕の中で暮らせたらと思ったんです。都会に住んでいると、コンクリートの四角い箱に拘束されているわけですから。それで、本当に布で作った家が北海道の厳しい寒さに耐えられるのか? ということに挑戦しようと思ったんです。ただ、モンゴルではもっと過酷な状況の中、遊牧民たちはテントで暮らしている。絶対にこれはいけるなと思ったんです。

 

ー「メーム」は、アイヌの伝統的な住居であるチセを参考にしていると聞きました。

 

隈_アイヌの人たちは、夏の間も家の中で囲炉裏を焚いていて、その蓄熱効果で冬を暖かく暮らすという知恵を持っていました。断熱というよりは、空気の流れで空間を暖かくしようというアイデアは、そこからの発想ですね。何回も冬に泊まったんですが、本当に快適なんです。普通は、朝になると部屋のカーテンを開けますが、「メーム」は家自体がカーテンのようなものだから、地平線が明るくなっていくのと同時に、空間の中がだんだん明るくなっていく。その感じもすごく好きですね。

隈 研吾氏がアウトドアブランド〈スノーピーク〉と共同開発したモバイルハウス「住箱」。8月より宿泊者専用のバー、「FARM Bar NEMU」として営業がスタートした。

これからの家、住まいはアートになる

ー「メムアースホテル」は、そうしたユニークな発想で生まれた実験住宅に暮らすように滞在してもらうことで、自然と人の共生について考えるきっかけや本質的な豊かさについて考えるヒントを提供していきたいと考えています。これからの住宅像や暮らしについては、どうお考えですか?

 

隈_これからの家って、住むってこと自体が一種のアートになっていくと思うんですよ。こんな発想で、こうやってこの家に住んでるんだよって。20世紀は面積が広いとか、駅から近いとか、効率や利便性で幸福の定義が推し量られる時代だったけど、今の時代は、そういった旧来の価値観や尺度で豊かさは量れない。

 

これからの幸福の定義というのは、「エッ、こんなのもありだったんだ」っていう発想の転換だったり、もっとアーティスティックなものになっていく。それぞれが、自分の幸福の定義を見つけて、それぞれの家を面白く語りあえるようになればいいと思うんです。「メーム」にしても、北海道のティピカルな住宅とは違いますよね。大樹町という固有性のある土地で、実験住宅プロジェクトができたこと自体、すごくハッピーだったと思います。

近代建築の巨匠、ライトに学ぶ共創する暮らし

ー「メムアースホテル」は、ホテルとしてのサービスを提供する一方、研究者たちと協働し、地域社会の課題解決やSDGsに向けた研究プロセスを情報発信するラボとしての役割も本格的にスタートさせました。このホテルと研究者による試みについては、どう思われますか?

 

隈_その昔、建築家のフランク・ロイド・ライトが、「アメリカの都市には未来がない」と言って、自宅兼仕事場として「タリアセン」というふたつの拠点を作ったんです。夏はウイスコンシンの家で過ごし、冬はアリゾナの砂漠の中で暮らす。そんな自給自足的な共同生活を、弟子たちと92歳まで続けたんですね。

 

そこで、ライトが目指していたのが、キャンプのような自由と創造性のある暮らし。彼は都市を超えた豊かさを自然に求めたんですね。ライトのように、仲間と暮らしながらクリエイティブな活動を自然の中で行っていく。そうした暮らしに憧れる人たちが、これからどんどん増えていくと思うんです。彼の生きた時代とは違って、今は砂漠の中であろうが、草原の中であろうが、どこにいたって仕事ができる。

 

そういった暮らしを主体的に選択できる時代を僕らは生きているんです。ライトが作った「タリアセン」のように、「メムアースホテル」が、研究者だけでなく、多くの人たちにとって、かけがえのない体験を伴った交流の場所になることを期待しています。

Profile

隈 研吾

KENGO KUMA

1954年生。東京大学建築学科大学院修了。1990年隈研吾建築都市設計事務所設立。現在、東京大学教授。1964年東京オリンピック時に見た丹下健三の代々木屋内競技場に衝撃を受け、幼少期より建築家を目指す。大学では、原広司、内田祥哉に師事し、大学院時代に、アフリカのサハラ砂漠を横断し、集落の調査を行い、集落の美と力にめざめる。コロンビア大学客員研究員を経て、1990年、隈研吾建築都市設計事務所を設立。これまで20か国を超す国々で建築を設計し、(日本建築学会賞、フィンランドより国際木の建築賞、イタリアより国際石の建築賞、他)、国内外で様々な賞を受けている。その土地の環境、文化に溶け込む建築を目指し、ヒューマンスケールのやさしく、やわらかなデザインを提案している。また、コンクリートや鉄に代わる新しい素材の探求を通じて、工業化社会の後の建築のあり方を追求している。

Photo_Naoki Wagatsuma , Norio Kidera

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